うつ徒然diary

鬱になって行く過程をせきららに書きました。その後、治療の為に自分なりにもがきます。

田舎

久しぶりにこっちで生活して思ったが、冬は曇りか、雨か雪。
車社会で歩く人は少ない。交通手段が不便。娯楽が少ない。
狭い町なのでちょっと歩けば顔見知りばかり。
思い起こせば、それが嫌で出て行ったようなものである。
60代の母親も同感で、太平洋側の青く晴れた日を羨ましくしていた。
「こっちにいると鬱が悪化するかも」
不吉な事を言う母親。太陽を浴びたい。切実に思う。
温かい地方に旅行にでも行こうか?本気で考えている。湯治で温泉街巡りなんかいいかもしれない。
僕の家は木造70年程の広いが、隙間風が冷たい家だ。ストーブは欠かせない。エアコンだけでは寒いのだ。外にドラム缶を置き、業者に灯油を入れてもらっている。それを小さいタンクに分け、室内に置いてストーブに給油をしている。寒い冬、外のドラム缶からタンクに給油する作業はつらい。年寄りには堪える作業だ。トイレの寒さには身の毛がよだつ。
雪かきも重労働だ。毎年屋根の雪降ろしにはケガ人や死者が出る。母親は膝が悪い。父親は今は元気だが将来は分からない。
物置きになっている二階建ての古い蔵がある。僕が帰って男出が二人できたので、暖かくなったら、いらないモノを処分する事を決めた。
古い服、靴、家具、電化製品、書類、蔵の中の積まれた謎のモノ。
「人間いつどうなるかわからない」
今回の件で家族全員が感じた事である。
お互いが元気な内に、始末できる事を話しあって決断し行動する。こんないい機会はないかもしれない。
ずっと田舎にいるかは分からない。今できる事を精一杯やろうと思う。

かつて家にはたくさん猫がいた。12年前に野良猫の家族を外で餌付けしていたら、情が移り飼うことなったのだ。
しかし交通事故や病気などで、今では一匹になってしまった。他の野良猫との縄張り争いに生き残り、何度も死線をくぐってきたらしく、左耳が一部欠損している老婆猫である。
用心深く、母親にはなついているが12年間今まで、僕はなつかれた事はない。
この猫がはじめて僕の膝に乗ってきた。ゴロゴロ喉を鳴らして、甘えてくる。僕は腹なでとコロコロ(床掃除する)で可愛がる。
ふわふわ。モコモコ。かなり癒される。毎日コミュニケーションをとっていたからか?アニマルセラピーもバカにできない。

昼飯を作る事になった。早速買い物へ。働いていた時は自炊をした事がない。外食かコンビニで済ましていた。スーパーに入るのも久しぶりだ。

白菜、まいたけ、鶏肉、たら、厚揚げ、白子の鶏白湯スープの鍋に決めた。

家に帰り白菜を刻む。家庭用包丁の切れ味の悪さにイライラする。後で研ごう。

土鍋に材料とスープを放り込み、火をかけるだけなので簡単だ。白子は直前に入れて、火を通しすぎないようにする。

麦焼酎のお湯わり+梅干しと共に食する。美味い。なかなかイケる。身体の芯からあたたまる。

家族と鍋をつつく。数日前には考えられなかった事だ。自分は元々早食いだったが、この機会に改める事にした。ゆっくり咀嚼して味わう。悪癖はなかなか直らない。

料理、洗濯、掃除と主夫をしている。身体を動かすようにしたい。